「会話」から「仕事」へ:Databricks Agent Bricks が切り拓く業務に組み込まれる AI Agent の新時代

はじめに

この記事は株式会社ナレッジコミュニケーションが運営するチャットボット と AIエージェント Advent Calendar 2025 の8日目にあたる記事になります!

1. はじめに:RAG の「その先」へ

生成 AI ブームから数年、多くの企業が社内規程やマニュアルを検索するシステム(RAG:検索拡張生成)を導入しました。しかし、現場からは次のような声が聞こえてきます。「AI は賢くなったが、結局のところ『検索して要約する』だけではないか?」

今、私たちは 「エージェンティック AI(Agentic AI)」 という新しいフェーズに突入しています。これは、AI が単に答えるだけでなく、自ら推論し、計画を立て、システムを操作して「仕事」を完遂する世界です。

本記事では、Databricks が発表したフレームワーク 「Agent Bricks」 について解説します。これは、実験室レベルの AI エージェントを、ガバナンスの効いたエンタープライズレベルの「社員」へと進化させるためのプラットフォームです。

2. Agent Bricks とは?:手作りから「ファクトリー」へ

これまで、複雑な AI エージェントを開発するには、LangChain などのライブラリを駆使し、複雑なコードを書く必要がありました。しかし、これらは保守が難しく、セキュリティの担保も困難でした。

Databricks の Agent Bricks は、この課題に対する回答です。これは、特定のパターンに対して「ローコード/ノーコード」のインターフェースを提供する 「エージェントファクトリー」 です。

なぜ「データプラットフォーム」上で作るのか?

最大のポイントは、データ(推論の材料)とエージェント(脳)が同じ場所に同居している点です。これにより、データの移動コストをゼロにし、Databricks の強力なガバナンス機能(Unity Catalog)をそのまま継承できます。

3. 4つの「部品(Bricks)」で何ができるのか?

Agent Bricks は、ビジネスで頻出するエージェントのパターンを 4 つの「アーキタイプ(原型)」として部品化しています。これにより、ゼロから開発する必要がなくなります。

アーキタイプ名 / 概要と主な機能 / 想定ユースケース

1. Information Extraction(情報抽出)

PDF や契約書などの非構造化データを解析し、構造化されたテーブルデータに変換します。単なる文字認識ではなく、レイアウトや図表の意味まで理解します。

想定ユースケース:

  • 契約書からの条項抽出
  • 請求書処理
  • 臨床試験ドキュメントのデータ化

2. Custom LLM(カスタム LLM)

特定のドメイン知識や社内の「トーン&マナー」に合わせた文章作成を行うモデルを構築します。

想定ユースケース:

  • 専門用語の平易化
  • 社外向け文書のドラフト作成
  • 特定フォーマットでの要約

3. Knowledge Assistant(ナレッジアシスタント)

いわゆる RAG ですが、回答に「引用元(Citation)」を自動付与し、ハルシネーション(嘘)のリスクを低減する機能を標準装備しています。

想定ユースケース:

  • 社内規定 Q&A
  • 製品マニュアル検索
  • コールセンター支援

4. Multi-Agent Supervisor(MAS:司令塔)

これが最も重要な「頭脳」です。ユーザーの複雑な依頼を理解し、適切な専門エージェント(サブエージェント)に仕事を振り分けます。

想定ユースケース:

  • 複雑な顧客対応
  • サプライチェーン分析
  • 自律的な業務遂行

4. 「司令塔」と「手足」:MAS の仕組み

IT 企画者にとって最も重要なのは、この AI が「どうやって社内システムと連携して動くか」でしょう。Databricks では、Multi-Agent Supervisor (MAS) が司令塔となり、様々な「手足(ツール)」を使ってタスクを解決します。

エージェントの思考プロセス(例:在庫リスクの確認)

例えば、「フロリダに接近中のハリケーンが配送にどう影響するか?」とユーザーが聞いた場合、MAS は以下のように思考・実行します。

  • 理解・計画: 「気象情報の確認」と「在庫と配送ルートの確認」が必要だと判断する。
  • 実行 (手足 A): 外部ツール(MCP)を使って、現在のハリケーン情報を取得する。
  • 実行 (手足 B): データ分析エージェント(Genie)に、「該当地域の倉庫在庫」を問い合わせる。
  • 統合・回答: 両方の情報を合わせ、「マイアミ倉庫の在庫は十分ですが、ハリケーンの影響で遅延リスクがあります」と回答する。

エコシステムを支える重要なコンポーネント

MAS が使う「手足」には、以下のような強力なコンポーネントが用意されています。

  • Genie Space(データ分析担当)
    自然言語を SQL に変換し、データベースから正確な数値を引き出します。ビジネスロジック(例:「粗利」の計算式)を理解しています。

  • MCP (Model Context Protocol)(外部接続担当)
    外部 SaaS(Salesforce, Jira等)やデータセットと接続するための標準プロトコルです。Marketplace からプラグインのようにインストール可能です。

  • Lakebase(トランザクション担当)
    フルマネージドの PostgreSQL です。エージェントがアプリの状態管理を行ったり、注文データを書き込んだりする高速な処理に使われます。

5. ガバナンスとセキュリティ:IT 部門の懸念を払拭

「AI エージェントが勝手に機密データを見たらどうするのか?」という懸念に対して、Databricks は Unity Catalog で答えを出しています。

  • On-Behalf-Of (OBO) 認証:
    エージェントは「利用者の権限」を代理して動きます。例えば、東京支社の社員が「売上を見せて」と頼んでも、エージェントはその社員が見てよい「東京のデータ」しか取得できません(行レベルセキュリティの継承。

  • 監査ログ (Lineage):
    「どのエージェントが、どのデータを読み取って回答を生成したか」がすべて記録されるため、コンプライアンス対応も万全です。

6. 先行事例:彼らはどう変革したか

直近の講演および調査レポートから、具体的な成功事例を紹介します。

Swiggy(フードデリバリー)

  • 課題: ルールベースのチャットボットでは複雑な問い合わせに対応できず、顧客満足度が低下していた。
  • 解決策と成果: 注文履歴やポリシーを理解するエージェントを構築。単なる回答だけでなく、「返金処理」などのアクションまで自律的に実行可能に。

コスモエネルギー(エネルギー)

  • 課題: データのサイロ化により、現場での迅速な意思決定や DX 推進が困難だった。
  • 解決策と成果: Databricks を基盤にデータを民主化。Unity Catalog でガバナンスを効かせながら、現場が自らデータ活用を行う文化を醸成。

Supply Chain 360(物流管理)

  • 課題: 天候、在庫、需要など複数の要因が絡む配送リスクを即座に判断するのが難しかった。
  • 解決策と成果: 外部の気象情報(MCP)、在庫データ(Genie)、配送ルート計算(Python 関数)を MAS が統合し、リスクをリアルタイムで回答。

7. 結論:複合 AI システム(Compound AI Systems)へのシフト

Agent Bricks が示唆しているのは、一つの巨大な AI モデルですべてを解決する時代の終わりです。これからは、専門特化したエージェント、ツール、データが連携して動く 「複合 AI システム(Compound AI Systems)」 が主流になります。

IT 企画者の皆様にとって、Agent Bricks は「AI をチャットボットで終わらせない」ための強力な武器となります。
データがあり、ガバナンスがあり、そして「仕事をする」エージェントがいる。この三位一体が揃った時、企業の生産性は劇的に向上するでしょう。


Next Steps

自社の業務フローの中で「判断」と「検索」と「操作」がセットになっているタスクはありませんか?
それが Agent Bricks の最初の一歩になるかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後も各種情報発信の方行っていければと思います!

この記事を書いた人

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