はじめに
本記事は、AWS Summit 2025で開催されたセッション「責任ある AI に向けて: 生成 AI アプリケーション評価のアプローチ」の内容をベースに、生成AIアプリケーションの評価手法とリスク管理に関する実践的なアプローチを紹介します。セッションを視聴できなかった方や、内容を文章で振り返りたい方に向けて、包括的かつ体系的に要点を整理しました。
セッション概要
背景として、基盤モデルの技術進歩に伴い、RAGやAIエージェントに代表されるような生成AIをアプリケーションに組み込んで活用するユースケースが広がりを見せています。基盤モデルの力で強力な機能をアプリケーションに簡単に実現できる反面、本番化に際してアプリケーション全体としての精度やリスクをどのように評価するか、多くのユーザーが課題として認識しています。
本セッションでは、生成AIアプリケーションの評価について、生成AI特有の要素を踏まえたベストプラクティスとAWS上での具体的な実現方法が解説されました。
目次
1. 生成AIアプリケーションの特性
従来の機械学習との違い
生成AIアプリケーションは、従来の機械学習アプローチとは大きく異なる特性を持っています。
従来の機械学習
- 特定のユースケースに特化した専用モデルを学習
- 入出力が事前に明確に定義可能
- 例:与信判断業務の自動化(入力データからローン承認/非承認を判定)
基盤モデル(Foundation Models)
- 膨大なデータで事前学習され、プロンプトで様々なユースケースに対応
- テキスト・画像などの非構造化データを出力するため、入出力の形式を定義しにくい
- AIの活用範囲が大幅に広がっている
複雑な構成要素
生成AIアプリケーションは基盤モデルだけでなく、多くのコンポーネントが協調して機能します。
構成要素 | 効果 | 概要 |
---|---|---|
Retrieval Augmented Generation (RAG) | ハルシネーション低減 | 事前に⽤意されたドキュメント群からユーザーのクエリに関連する情報を検索し、関連情報をプロンプトに含めて最終回答を⽣成させるアプローチ。 |
Chain-of-thought (CoT) & エージェント | 推論強化とハルシネーション低減 | モデルに利⽤可能な外部ツール(例: 計算プログラム、データベースなど) を共有し、ユーザーのクエリに step by step で回答する。 |
Constitutional AI & Guardrails | 予測不能なレスポンスの低減 | ブランド外の挙動や、有害な応答を防御するために、追加の基盤モデル呼び出しを⽤いる。 |
この複雑な構成により、開発者は品質とアジリティのバランスをとる難しさに直面しています。過度な制御は生成AIの柔軟性を制限し、一方で評価が不十分な場合は本番環境での障害リスクが高まります。
2. 評価の基本的な考え方
生成AIアプリケーションの評価戦略を立てる際の基本的なステップは以下の通りです。
図1:評価戦略イメージ図
- アプリケーションの目的を定義する
- ビジネスゴール、ユースケース、対象ユーザーを明確にする
- 求められる精度と潜在的リスクを洗い出す
- 目的から逆算して、必要な性能と考慮すべきリスク要素を特定する
- 適切な評価手法を選択する
- ユースケースに合った評価方法とメトリクスを決定する
- 一貫した評価を実施する
- 開発初期から本番環境まで、同じ基準で継続的に評価する
これらのステップを通じて、品質とアジリティのバランスを取りながら、自信を持ってアプリケーションをリリースするための基準を確立できます。
3. 評価の観点と方法
評価の4つの観点
生成AIアプリケーションの評価は、以下の4つの観点で整理できます。
- 品質:アプリケーションが期待される精度で動作するか
- レイテンシー:応答時間が許容範囲内か
- コスト:運用コストが予算内に収まるか
- 信頼性:リスクが許容範囲内に収まっているか(生成AI特有の重要な観点)
評価アプローチの種類
これらの観点を評価するための主なアプローチは以下の4つです。
-
人間による手動評価
- 最も品質の高い評価が可能
- 時間とコストがかかり、スケーラビリティに課題あり
- 開発初期のユースケース検証に適している
-
経験則に基づく自動評価
- 機械的に計算可能なスコアリングを使用
- 高速かつスケーラブルに実行可能
- 評価コストを抑えられる
- 人間の評価との一致を確認する必要あり
-
LLM-as-a-Judge(LLMによる評価)
- LLMに評価者として振る舞うよう指示
- 評価観点や評価例をもとにスコアを出力させる
- 柔軟性が高く、プロンプト次第で様々な評価が可能
- LLM自体のバイアスに注意が必要
-
パフォーマンス評価
- レイテンシーとコストに関して通常のアプリケーションと同様に評価
どのアプローチを選ぶにしても、人間による評価との一致度を確認することが重要です。自動化された評価メトリクスが人間の評価とどの程度一致するか、検証データセットを用いてキャリブレーションすることで評価の信頼性を高めることができます。
4. 構成要素別の評価アプローチ
LLMの評価
LLMそのものを評価する場合、以下のアプローチが有効です。
- パブリックなベンチマークの参照:新しいモデルのテクニカルレポートやベンチマークスコアを確認
- 自身のユースケースに合わせた評価:ベンチマークスコアは必ずしも特定のユースケースでの性能を保証しない
AWS Bedrockのモデル評価機能では、以下のような評価が可能です。
- 人間による評価
- 経験則に基づく自動評価
- LLM-as-a-Judgeによる評価
評価対象としては以下があります。
- Bedrockの標準モデル
- サードパーティモデル
- ファインチューニングしたカスタムモデル
LLM-as-a-Judgeによる評価では、回答の正確性、関連性、指示への忠実度、有害コンテンツ検出など多様なメトリクスが測定可能です。
RAG(Retrieval-Augmented Generation)の評価
RAGでは、検索コンポーネントが加わるため、以下の点を評価することが重要です。
- 検索の精度:関連文書を正確に検索できるか
- コンテキストのカバレッジ:検索結果がクエリの内容をどの程度カバーしているか
- 生成結果の品質:最終的な回答の質
AWS Bedrockでは、RAG特有の評価メトリクスを提供しており、検索と生成の両面から評価できます。また、オープンソースのRAG評価フレームワークを活用して、より詳細なカスタム評価も可能です。
エージェントの評価
エージェントはより複雑な構成要素を持つため、評価も多面的なアプローチが必要です。
- 各コンポーネントの個別評価:LLM、RAG、外部ツール連携など
- 複数ターンの会話評価:対話の流れを通した評価
AWS提供のAgent Evaluationフレームワークでは、テストケースを記述形式で定義し、エージェントとユーザーのやり取りをLLM-as-a-Judgeで評価できます。これにより、CLIやCI/CDパイプラインに組み込んでテストを実施できます。
5. 責任あるAIのためのリスク評価
責任あるAIの実現に向けたリスク評価のステップは以下の通りです。
ステップ1:ユースケースの明確な定義
異なるユースケースではリスクの性質と重大性が大きく異なります。
例:
- AIを用いた音楽レコメンド:エラーが発生しても影響は軽微
- AIを用いたX線画像の異常検出:エラーが甚大な影響を与える可能性
仮にエラーレートが同じ1%で上記の二つの例を比べても、そのインパクトはまったく異なります。
ステップ2:リスク評価の実施
AWS責任あるAIの8つの柱を参照し、以下の観点でリスクを評価します。
- 公平性と偏りの防止
- 透明性
- プライバシー
- セキュリティ
- 信頼性と安全性
- 説明可能性
- 人間中心の設計
- ガバナンス
リスクはその「発生可能性」と「影響度」の2軸で評価します。
図2:リスク評価マトリクスの例
- リスク評価マトリクス
- 縦軸:影響度(極めて低い〜極めて高い)
- 横軸:発生可能性(極めて低い〜極めて高い)
影響度が高いリスクは、発生可能性が低くても無視できません。一方、影響度が低いリスクは発生可能性が高くても比較的許容できる場合があります。
ステップ3:評価メトリクスの選定
特定したリスクを測定するための適切なメトリクスを選択します。
例:
- 有害コンテンツの生成割合
- バイアスの検出率
- プライバシー情報の漏洩率
ステップ4:リリース基準の設定
リスク評価マトリクスに基づいて、どのリスクレベルまで許容するかを決定します。
- どの程度のリスクであれば「低」と判断するか
- 特に影響度の高いリスクについては、発生可能性の基準を厳しく設定
ステップ5:評価の実施
選定したメトリクスを用いて実際に評価を行います。
- 適切な評価データセットの設計
- 人間による評価と自動評価の組み合わせ
- 評価結果の統計的な解釈(信頼区間の考慮など)
6. リスク緩和戦略
評価によって特定されたリスクを軽減するための主な戦略としては、入力と出力のフィルタリングが有効です。
図3:フィルタリングのイメージ図
AWS Bedrock Guardrailsの活用
Bedrock Guardrailsは、以下のようなフィルタリング機能を提供しています。
-
コンテンツフィルター
- 有害または望ましくないコンテンツ(憎悪、侮辱、暴力的なテキストや画像)を検出しフィルタリング
例:
入力:人種差別的発言や暴力的な表現
出力:「そのコンテンツについてはお答えできません」
- 有害または望ましくないコンテンツ(憎悪、侮辱、暴力的なテキストや画像)を検出しフィルタリング
-
拒否トピック
- 明示的に答えてほしくないトピックを自然言語で定義
- そのトピックに関する生成AIの回答を拒否
例:
入力:競合製品についての質問
出力:「その製品については当サービスでは回答できません」
-
センシティブ情報フィルター
- 個人識別情報(PII)などのセンシティブ情報をフィルタリングまたはマスキング
例:
入力:「私の電話番号はxxx-xxxx-xxxxで、住所は〇〇県〇〇区です」
出力:「私の電話番号は[マスク済]で、住所は[マスク済]です」
- 個人識別情報(PII)などのセンシティブ情報をフィルタリングまたはマスキング
-
ルールベースフィルター
- 単語リストや正規表現による独自のフィルタリングルール
例:
入力:不適切な単語を含む文章
出力:「不適切な表現が含まれているため表示できません」
- 単語リストや正規表現による独自のフィルタリングルール
これらのGuardrailsは、Bedrock上のモデル、ナレッジベース、エージェントに適用できるほか、独立したAPIとして外部アプリケーションからも利用可能です。
7. まとめ
生成AIアプリケーションを責任を持ってリリースするためには、以下のポイントが重要です。
-
ユースケースを明確に定義する
- ビジネス目標を理解し、それに基づいて評価基準を設定
-
多角的な評価アプローチを採用する
- 人間による評価、自動評価、LLM-as-a-Judge評価を適切に組み合わせる
- 品質、レイテンシー、コスト、信頼性の4観点でバランスよく評価
-
リスクを体系的に評価する
- 発生可能性と影響度でリスクを分析
- リスクの許容レベルを明確に設定
-
継続的な評価と対策を実施する
- 開発段階から本番環境まで一貫した評価を継続
- Guardrailsなどを活用してリスクを継続的に軽減
これらのアプローチを採用することで、品質とアジリティのバランスを取りながら、自信を持って生成AIアプリケーションを本番環境にリリースすることができます。責任あるAIの実現に向けた評価戦略は、安全で有効な生成AIアプリケーションの構築に不可欠な要素です。
また本セッションの内容に興味を持たれた方は、AWS Summit 2025の公式サイトでオンデマンド配信をご視聴いただけます。セッション内で紹介された具体的な評価手法やデモ、実際の導入事例など、より詳しい内容をご確認いただけます。ぜひ以下のリンクからアクセスしてください!
イベント名:責任ある AI に向けて: 生成 AI アプリケーション評価のアプローチ
セッションURL:https://summitjapan.awslivestream.com/aws-52/live/
※視聴にはAWSアカウントへのログインが必要です。セッション資料のダウンロードも同ページから可能です。(セッションは2025年7月11日まで視聴できます。)
本記事が、責任あるAI開発に取り組む皆様の一助としてお役に立てば幸いです。ご清読ありがとうございました!
8. 参照
- セッションのアーカイブと資料(公開期間:2025 年 6 月 26 日 17 時 ~ 2025 年 7 月 11 日 19 時)